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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10129号 判決 1970年9月10日

被告 東海商工信用組合

理由

一  《証拠》によれば、原告は倉庫業、不動産売買、観光事業等を業とする資本金三億円の株式会社であることが認められ、被告が預金の受入、証書、手形貸付の方法により金融業務を行なうことを主たる目的とする信用組合であることは当事者間に争いがなく、《証拠》によれば、組合員のためにする手形の割引も被告組合の行う事業の一つであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

又村瀬が昭和二七年一一月頃、被告組合の職員となり、昭和四二年三月頃は総務部長として組合事務の統括の外、貸付については取引先より貸付に必要な書類を預り調査した結果を貸付審議会に報告し意見を具申する等の事務を併せ行つていた者であること、菊地が昭和四二年三月当時被告組合の組合員であり、繊維製品ならびに貴金属類を販売する晃商事株式会社の代表取締役であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠関係省略》

三1  《証拠》を総合すれば、菊地は自身および晃商事株式会社が被告と金融取引があるのを利用し、原告が金融を受ける必要にせまられていたのに乗じ、菊地自身又は晃商事株式会社において原告振出の約束手形を被告組合で割引してやるからと称し、本当に割引のため菊地より被告組合に直ちに交付されるものと誤信した原告から昭和四二年三月一三日被告組合二階応接室において割引依頼名下に本件手形の交付を受けてこれを騙取したことが認められ、甲第九号証中の菊地の供述記載中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに信用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  原告は「右騙取行為につき、村瀬はその職務に関し被告の業務行為の名の下に故意過失によつて分担加工したものである。」と主張する。そして、

(一)  まず原告は『昭和四二年三月八日午前中、菊地はあらかじめ被告組合に赴き、村瀬等被告組合の者に対し「組合で品川倉庫の手形の割引をするよう話してあるから巧く口をあわせてくれ」と申し向け、村瀬等はこれを承諾した。』と主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  《証拠》によれば、昭和四二年三月八日午後三時過頃被告組合二階応接室において菊地と原告代表取締役田中が話し合つたこと、その場に村瀬や被告組合理事長相談役福田久男がきたことがあつたことが認められる。

原告は「その際菊地は村瀬の居合わせたところで原告主張のごとく田中に申し向けた。」と主張するが、《これを》認めるに足りる証拠はない(なお、甲第一三号証の一の証人田中幸三郎の供述記載中村瀬が被告組合の審議にかけるので、先に手形を頂きたいと述べたとの部分も信用できない。)。

しかし、前掲《証拠》によれば、田中は大島忠政の紹介により菊地を知り、大島、菊地と打合わせて、昭和四二年三月八日被告組合の組合員である菊地に三億円位の原告の手形を被告組合で割り引くことを依頼する件で被告組合を訪れ、菊地と会つたものであり、当時すでに菊地から村瀬に対し原告手形の割引を頼む申出があり、右のように田中が被告組合を訪れた趣旨は村瀬や福田にもわかつていたこと、当時被告組合は菊地個人および同人が代表取締役をしている晃商事株式会社と二、三〇〇〇万円位の取引があつたが、同人又は晃商事株式会社からの申出として三億円という多額の手形を割り引くがごときことは、特別な条件でも付加されれば格別、そうでなければ被告においてたやすく引き受けることができるような事柄ではなかつたし、当時村瀬にはその意思もなかつたこと、しかし、村瀬も福田も被告組合を訪れた田中に対して右のように原告の手形の割引が困難であることを明言せず、かえつて、一応原告手形の割引も検討し、理事長や貸付審議会にはかつてもよいというようなことを述べたことが認められる。《省略》

(三)  《証拠》によれば、原告代表取締役田中は同月一三日本件手形を用意して被告組合に赴いたことが認められる。しかし、原告は「田中は被告組合で村瀬に対し本日は本件手形を被告組合に預けるためにきた旨を述べた。」と主張するが、《これを》認めるに足りる証拠はない。

(四)  原告は「同日菊地は、田中から本件手形の交付を受けると、直ちに本件手形を持つて村瀬の処に行き村瀬がこれを預かつた。」と主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて《証拠》によれば、同日菊地は本件手形を持つて階下の村瀬の執務場所にきて、同人に本件手形を示し、同人にその預書を書くことを頼んだが、同人は応じなかつたものであることが認められる。

(五)  原告は「同日辞去に際し、田中が原告主張のごとく述べたのに対し、村瀬は理事その他上司と相談して善処する等と答えた。」と主張する。

しかし、《証拠》中この点に関する部分は必ずしも一致せず、《これを》認めるに足りる証拠はない。

その他、甲第三、第四号証のような念書、預書が東海商工信用組合村瀬敏之名義をもつて作成されたことを当時村瀬が知つていたと認めることができるような証拠もない。

(六)  昭和四二年三日八日原告代表取締役田中が被告組合を訪れた際、菊地又は晃商事株式会社からの申出として三億円というような多額の手形を割り引くがごときことは特別な条件でも付加されれば格別、そうでなければ、被告においてたやすく引き受けることができるような事柄ではなかつたし、当時村瀬にその意思もなかつたのに村瀬も福田も田中に対して原告の手形の割引が困難である旨を明言せず、かえつて、一応原告手形の割引も検討し、理事長や貸付審議会にはかつてもよいというようなことを述べたことは前記認定のとおりである。

しかし、上記認定のとおり、原告振出の手形について被告組合の組合員である菊地又は同人が代表取締役である晃商事株式会社より被告組合に割引を頼むというのであるから、右割引に関しては、当事者は菊地又は晃商事株式会社と被告であつて、原告は当事者でなく、又菊地は被告組合の組合員であり、かつ被告組合と取引のある顧客でもあるので、村瀬が、被告組合の職員として、明らさまに原告の手形の割引を拒否することは菊地をきずつけることにもなりかねないため、これを差し控えたいと考えても、必ずしも不自然のこととはいえないから、村瀬の、前記認定の言動をもつて、直ちに、同人が菊地の本件手形騙取の意図を知りながらしたものと認めることはできない。その他、当時村瀬が菊地の本件手形騙取の意図を知つていたことあるいは右意図を知らなかつたことが村瀬の不注意に基因することを認めるに足りる証拠はない。

(七)  その他、菊地の本件手形の騙取行為について、村瀬が故意過失によつて分担加工したとの原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3  してみると、村瀬の不法行為を理由とする原告の請求も亦その余の点にふれるまでもなく理由がないといわねばならない。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求はこれを失当として棄却

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